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お施餓鬼会
お施餓鬼会には、二つの大切な意味があります。
一つは、亡き方々を思い、「今、幸せでありますように」と願うこと。
お釈迦様の弟子・目連尊者が、亡き母が苦しむ姿を知り、その母を救いたいと願ったことが、お施餓鬼の由来の一つとされています。
そしてもう一つは、年に一度、自分自身の心を静かに見つめることです。
私たちは誰でも、「自分が幸せになりたい」と思う心を持っています。仏教では、自分の幸せだけを求める心を「慳貪(けんどん)」といいます。
自分が積み重ねた行いは、思いがけない形で周りの人に影響を与えることがあります。自分だけが幸せになることを願うのではなく、自分の幸せを願う心を、家族へ、身近な人へ、そしてさらに多くの人へと広げていく。誰かの幸せを願うことは、やがて自分自身の心も豊かにしてくれるのかもしれません。
「願わくは此の功徳をもって普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆、共に仏道を成ぜん。」
この功徳が、自分だけでなく、すべての人へと広がっていきますように。
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